マインド・リフレクト《前編》



 まどろむ意識は妙な違和感によって少しずつ覚醒する。
 身体のあちこちが引き攣るように痛み、手足は痺れていて言うことを聞かない。
「う……なにが起きたんだ一体……」
 重たい瞼を開けると、そこは知らない場所だった。かろうじて動く首を少しねじって、頭を横に向けてみる。
「……え?」
 ぎょっと目を見開く。そこには信じられない光景が広がっていた。
 辺りは大きくすり鉢状に地面が削り取られ、ナツはその中央で仰向けに投げ出されている。あちこちで煙があがり、風に煽られて視界を遮る。パチパチと何かが燃える音。建物らしきものの残骸は煤で覆われて真っ黒だ。土砂の中から顔を出す大木の一部は生々しくその白い根を晒し、枝葉が無残に焼け落ちた幹の割れ目から細く白煙を吹いている。
「なんだここは……」
――おまえの、心の闇だ。
 頭の中で声が響いた。
 驚いて、反射的に起き上がろうと全身に力がはいるも、首から上と指先がほんの少し動いただけだった。
「おい、なんだよこれ、オレに何をしやがった……つか、おまえ誰だよ、心の闇ってなんなんだ」
 動けないことに焦りを感じながら、ナツは立て続けに叫ぶ。
――イグニールのことだ。おまえが、慕い、憧れ、渇望するものだ。
 声が答える。
「なんだと、おまえ、イグニールを知ってんのか」
――勿論知っている。おまえが探しているイグニールとは、竜という形をなした、おまえ自身が欲する力の象徴だ。同時にそれは、おまえの中にある淀み、底知れぬ闇でもある。
「よくわかんねえけど、イグニールは象徴とか闇とか……そんなんじゃねえぞ。オレを育ててくれた大切な家族だ」
――そう考えるのは、見ないふりをしているからさ。真実を自らきっちり封印して、今こうして目の前で起きていることでも、決して受け入れようとしない。その『大切な家族』である者のことすらな。
 近くでくすぶっていた木片がパキンと爆ぜ、散った火の粉がナツの深い瞳を一瞬赤く照らした。
「一体何の話をしてんだ。……その、真実ってのが、イグニールがいなくなった理由と関係あんのかよ」
 さっきよりも動悸が速くなるのがわかる。噛みあわせた歯が鳴るのを止めようと、ナツは口を開けて息を吐いた。
――さあ、どうかな。それに『いなくなった』という表現は正しいのかどうか。
「どこにいるのか知ってるなら教えてくれ、なあ、話したいことがたくさんあんだよ、ギルドのこととか、紹介したい仲間もいるし、そうだ、他の滅竜魔導士のことも……」
 ちがう、こんなことを言いたいんじゃない。こいつに聞きたいことは……。
 目の前の光景が蜃気楼のように揺らいで、思わず吐き気をおぼえる。胃の中が鉛を飲み込んだみたいに重い。
――なにか勘違いをしているようだな。……はっきり言ってやろう。
 鼓動は早鐘のように打ち、冷たい汗が流れるのを感じる。
 頬に伝わる湿った土の感触に意識を集めることで、ナツはこみ上げてくるものをなんとか抑えこんだ。
――イグニールはおまえの親などではない。それどころか、存在すらしない。イグニールは、おまえの創りだした、幻想だ。
 カッと血が滾り、呼吸が荒くなる。喉が締め付けられるように引き攣って、うまく声が出せない。
「……どういう……意味だ」
――そのままの意味だよ、ナツ・ドラグニル。周りをよく見ろ、この情景を覚えているだろう。……かつておまえが生まれ育った場所だ。おまえ自身が、その手で灰にした場所だ。……もう、気づいているのだろう
 オレが、生まれ育った場所?
 イグニールは、いない?
 身体を支えていた土が硬度を失い、沼のようにナツを飲み込み始める。動かない手足を地面から引き離そうともがくが、それは他人のパーツのように重量を持ち、ピクリともしない。大声で叫んでいるのに自分の耳にも届かない。全身が焼けるように熱い。息が、できない。苦しい。何も、聞こえない。
 だが、頭の中で響く声は、はっきりと、輪郭を持って語りかけてきた。
――おまえの親は、人間だ。そして、おまえの炎で、死んだ。
 ぱつん、と耳の奥で何かがはじけた音がした。 




「はぁー……」
 ルーシィは湯船の中でため息をついて、このイライラした気持ちをどうしたものかと考えていた。
 ナツは五日前から一度もギルドに顔を出していない。
 めったにないことだが、例えばいつも彼と行動を共にしているハッピーが、今回のようにウェンディやシャルルと共に別件のクエストに出かけたりすると、自宅で一日寝て過ごすようなことがないわけではなかった。
 現に、その日ハッピーたちがギルドを出発してからは、ナツが意欲的に仕事を探す素振りを見せるはずもなく、ルーシィはこれ幸いと自室にこもり、執筆に精を出していたのだった。しかし、たとえギルドで会わずとも、毎晩のように部屋に侵入してくる迷惑な習慣を思えば、丸五日もの間ナツがその姿を見せないなんてこれまでにないことだ。
 確かに、執筆の邪魔をするなと念を押したのは自分自身であり、部屋に来ないのはナツなりに気を使った結果だろうととらえていたのだが、ギルドにも現れないとなると、いよいよ不安は募る一方だ。おかげでルーシィはここ二日間ほど、ずっとそわそわと落ち着かない気分を持て余していた。
「ちゃんとごはん食べてるのかな」
 ぽつりと漏らしてしまった独り言に、はっと自分で驚く。これではまるで、ナツが来るのを待っているみたいではないか。
 余計な考えを追い払うように、ルーシィは湯の中にとぷんと頭を沈めた。
 ……もし今夜もナツが来なかったら、明日、自宅を訪ねてみようか。
「そうよ、いつもあたしの部屋を好き放題にされてるんだし、こっちから押しかけて困らせてやろう」
 ささやかな悪戯心が、少しだけ気を紛らわせた。
 風呂から上がり、上気した素肌にバスタオル一枚をまとっただけの格好で濡れた髪に櫛を通していると、表の通りに面した窓の外から聞き慣れた声がした。カーテンを開いてみると、息を切らしたハッピーが必死に何かを訴えている。
「ルーシィ、開けて、大変なんだ」
 その様子に驚いて、急いで鍵を外す。いつもであれば、施錠されていようがいまいが、お構いなしで勝手に踏み入ってくる相棒をルーシィは無意識に探すが、いまその姿は見当たらない。
「一体どうしたっていうの」
 窓が開くなり、その無防備な胸元に飛びついてきたのを抱きとめ、そこで泣きだしてしまったハッピーをなだめる。ただごとではないようだ。
――嫌な予感がする。
「どうしよう、ルーシィ、ナツが……」
 ビクッとハッピーを支える腕に力が入った。
「ナツが、目を覚ましてくれないんだ」
 ルーシィは眉をひそめる。
「……どういうこと」
「オイラ、さっき仕事から戻ってきたんだ。部屋に明かりがついてなかったから、ナツはきっとまだギルドにいるか、ルーシィのとこに行ってるんだと思って、家のドアを開けたら、ひぐっ、そうしたら、ナツが倒れてたんだ、玄関のとこで。呼んでも全然起きなくて、それに、ひぐっ、ちっとも、動かないんだ」
「なに……それ、誰かにやられたってこと」
「わからない、そうかもしれない。とにかくオイラ急いで引き返して、ちょっと前に別れたウェンディたちを追いかけて、家まで来てもらったんだ。ウェンディなら、治せるかもって思ったんだ」
ハッピーは震える声を一生懸命抑えながら話を続けた。

 辺りを包み込むように照らしていた緑色の光がだんだん弱くなり、小さな手の中で消える。ウェンディはゆっくりと息を吐きだすと、かざしていた両手を膝の上に戻した。
「ナツさん、どこにも怪我はしてないし、意識を失ってるってわけでもないみたい。眠ってる時と同じような状態だと思うんだけど……」
 申し訳なさそうにウェンディが言う。
「魔法が効いている様子はないわね。というより、別に治癒を必要としてないのよ」
 シャルルはウェンディが魔法をかけている最中も、ナツを注意深く観察していたが、ウェンディの話を聞いて少しだけホッとしたような顔を見せた。
「それって、身体には何も悪いところはないってことだよね」
 ハッピーの声音に安心した気配はない。むしろ、原因がはっきりしないことに焦りを感じているようだった。
「……本当にただ寝てるだけなんじゃないの。まったく、大げさに騒ぎすぎなのよ」
 口では手厳しいことを言っているシャルルだったが、うなだれるハッピーを横目で困ったように見ていた。
「大丈夫、少なくとも現時点では命に別状はないと思うから、そんなに心配しないでハッピー。もう遅いし、朝になったら、ポーリュシカさんを呼んで診てもらおう。ハッピーも仕事で疲れてるでしょ、今日はもう休んだほうがいいよ」
「……うん、そうだね、そうする。ありがとうウェンディ、シャルル」

 ドアが閉まると、ハッピーはしばらくその場で途方に暮れた。
――眠ってるだって?こんな冷たい床の上で、いびきもかかずに、寝返りもうたずに、ナツが眠ったりするもんか。
 命に別状がないとわかっても、こんな状態のナツを見るのは耐えがたい。
「一体、どうしちゃったんだよ……」
 前足の肉球でぷにぷにと頬に触れてみる。と、その筋肉がぴくり、と動いた。
 一瞬だったが、ハッピーはそれを見逃さなかった。肩を掴んで必死に揺さぶる。
「ナツ、オイラの声、聞こえる、目を開けてよ、ねえ」
 軽く閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がるのを見て、ハッピーは嬉しさのあまり文字通り飛び上がった。空中からその視界に入ろうと、ナツの目線の先を探す。が、しかし。
「……ナツ」
 彼は何も見ていなかった。
 三白眼の中の黒い瞳は確かにこちらに向いているのだが、羽根を生やした青い子猫の姿を、その意識がとらえていないことは明らかだった。
 ナツはそのまま瞬きもせず、表情を変えることもないまま、ハッピーが何を話しかけても無反応だった。


 ルーシィは黙って話を聞いていたが、ハッピーがしゃくりあげて言葉に詰まるたびに、その小さな背中をぽんぽんと軽く叩いて、毛並みを優しく撫でた。
「わかったわ、あたしが何とかしてみる。すぐに準備するからちょっと待ってて」
 そう言ってハッピーをそっとソファに下ろす。
 なぜそう思ったのかはわからないが、自分ならナツを起こせるのではないか、とルーシィは漠然と感じていた。しかし同時に、激しい後悔の念が喉元までせり上がっていたのも事実だった。
 五日前、いそいそとギルドを出ようとしたルーシィにぴったりくっついて来たナツを、脅迫まがいのセリフで冷たく突き放したこと。その時ナツが見せた、あからさまながっかり顔を鮮明に思い出す。
――どうしてあの時、部屋へ来るなと言ってしまったのか。どうして誰かにナツが来ないことを相談しなかったのか。どうしてもっと早くに家を訪ねようとしなかったのか……ルーシィはキッと宙を睨んだ。
 くよくよ考えたって始まらない。
 クローゼットを開けて適当に目についたスカートをハンガーから外し、トップスをしまった引き出しの中から、いちばん手前にあったカットソーを掴むと、ハッピーの目を気にもせずその場で着替え始める。
 次に引っ張り出した肩掛けの鞄を持ってキッチンへ行き、棚から蜂蜜の瓶とバゲット、紅茶の缶なんかを取り出す。続いて冷蔵庫を漁り、果物やチーズや野菜を次々に鞄に詰めていった。
 ひととおり話してしまったことで気が抜けたのか、ぺたんと座り込み、黙々と働くルーシィの様子を呆然と眺めていたハッピーだったが、ふと彼女の、そのどこか投げやりな動作と、怒ったような表情に気付く。
――ああそうか、ルーシィもナツが心配なんだ。
 おそらく、動揺を必死で抑えているのだろう、泣き出してしまわないように。
 ハッピーは思う。どんな理由であれ、ルーシィにこんな顔をさせることを、ナツはきっと許さないだろう。自分が、しっかりしなければ。
「さあ、行きましょう」
「あい」
 ルーシィの襟元をしっかりと掴むと、ハッピーは白い翼を力強く広げて舞い上がった。パンパンに膨らんだ荷物はかなりの重量だったが、ルーシィの想いが詰まっているのだと思うと、一刻も早くナツの元へそれを届けたい気持ちでいっぱいになった。




 どのくらいの時間、こうしているのだろうか。一時間のような気もするし、5分程度のことかもしれない。数日かもしれないし、ひょっとしたら、天狼島の時みたいに数年経っているかもしれない。
 どうでもよかった。
 ずっと部屋の天井の一部を視界にとらえているが、見てはいない。
 床に寝転がっているはずだが、実際は上を向いているのか下を向いているのか、立っているのか座っているのかも曖昧だ。重力さえ、感じない。
 様々な音が耳に入ってくる。聞いてはいない。ただ、雑音が通り過ぎるだけだ。
 辺りが暗くなって、目を開いているのか閉じているのかわからなくなった。最初から暗かったような気もする。だが、どちらでも同じことだ。
 とても近くで音がする。何かがどこかに触れた気がする。魔力が流れこむような感覚。だがそれはナツの身体を素通りして地面に吸い込まれて消える。
 なにも、届かない。
 なにも、留まらない。
 全てが、他人ごとのように、自分と関係のない場所で起きている。

 とその時、通り過ぎる空気の中に一瞬、懐かしい甘い匂いを感じた。
 嗅覚は、何かに遮断されるよりもはやく、ナツの脳を直接刺激した。反射的に心がざわつく。
 とらえたものが薄まるのを恐れるように、喉がきゅっと締まり、吐き出される予定だった息が行き場を失う。
 かろうじて指先に引っかかった糸のように細い命綱を、うっかり手放して消失してしまうことを、本能が拒否しているかのようだった。
 だが、空気に混ざるその匂いは、さいわい感覚を記憶に留める必要がなくなるほど濃度を増しナツを包み込む。
 最低限の酸素供給のためにごく浅い呼吸を繰り返していただけの肺が、大きく膨らんだ。
 息を吐き出した途端、ナツは重力に引き戻された。




 ハッピーはルーシィを家の前で降ろすと、朝になったらポーリュシカさんを連れて戻る、と言ってそのままどこかへ飛び立ってしまった。ナツのことは全部任せた、ということだろう。
 入口のドアを開けて、目に飛び込んできた光景は、ルーシィが想像していたよりもはるかに異様なものだった。
 灯されたライトは部屋の奥にひとつ。
 薄暗い玄関のすぐ脇に、手足を自然に投げ出した格好でナツは仰向けに横たわっていた。両目はしっかり開いて、天井の一点をまじろぎもせず睨んでいるが、そこには膜が張ったように何も映っていない。
 気をつけて見なければわからないほどわずかに、その胸が一定の間隔で上下している。浅い呼吸だが、ナツが生命活動を放棄しているわけではない。
 それでも、自分の知るその人とは思えない姿に、胸がきゅうと締め付けられる。
 ルーシィは歩み寄ると、そばに屈んでその顔を正面から覗きこんだ。
 ナツの呼吸がひとつ大きくなったように見えた。続いて、虚無を見つめる瞳がゆっくりと動いて止まり、何かを認識したように一瞬小さく揺らぐ。
 ルーシィは耳元に顔を寄せて囁いた。
「ナツ」
 その声を、浮遊していた自我がとらえた瞬間、ナツの胸は貫かれるように痛んだ。長いこと忘れていた、リアルな息苦しさ。
 目は開いていたのだろう、ただそこにあっただけの影のような何かに、色彩が、輪郭が、奥行きが現れた。
 安らぎに満ちた、懐かしい匂い。
「ナツ」
 もう一度、今度は抑えられない気持ちの昂りが、声音に表れていた。
「ルー…シィ……」
 吐息に混じったようなかすれた声が、少女の名を呼ぶのをナツは聞いた。自分が発したつもりのない声だった。
 途端、温かいものが降り注ぎ、ナツの瞼を、少しやつれた頬を、乾いた唇を濡らした。
 嗚咽の振動が意識に届くたびに、胸がじくりと疼く。
 ナツの片手がゆらりと持ち上がり、何かを探すように宙を泳いだ。手の甲が、跪く格好で床を押していたルーシィの腕にぶつかって止まるとそのまま内側へ返され、身体のかたちを確認するかのように、慎重に手のひらを這わせてゆく。
 ルーシィは咄嗟にビクッと身を硬くするが、それでも黙ってされるにまかせた。
 指先が濡れた顎先に触れ、火照った柔らかい頬を包み込むように撫でた。親指がためらいがちに下瞼をなぞって、溜っていた涙を拭う。
「……泣くな、ルーシィ……」
 金髪に差し込まれたナツの大きな手が、するりとルーシィの耳の後ろへ回り、ぐいと手前に引き寄せた。
「あっ」
 ほそい両腕で上半身を支えていたルーシィは、不意にかけられた力にあっけなくバランスを失って、ナツの上に倒れこむ格好となった。
 驚いて起き上がろうとするのを、ナツはもう片方の腕を背中に回して留める。そこでようやく彼の行動の意図を理解したルーシィは、不自然な姿勢のまま、ぎこちない抱擁を受け入れた。
 圧迫された胸に、ナツの心音がはっきりと伝わってくる。規則正しい息づかいは、ゆりかごのようにルーシィの気持ちを落ち着かせた。
「……ごめん」
 ナツはゆっくりと、独り言をつぶやくようなトーンで言った。
 ルーシィは顔だけ起こして、言葉の真意を探ろうとじっとナツを見る。しかし、相変わらず光の宿らぬ目からは何も読み取れない。
「……なにが、あったの」
 たまりかねて問う。
 すると、下からルーシィを抱く両腕に力が加わり、さらに強く胸板に押し付けられたため、ルーシィは仕方なくその肩口に頭を預けた。
「……ルーシィ」
 すがるように再び名前を呼ばれ、さっき思わず溢れだしてしまった感情が、じわっと別のものに切り替わるのを感じた。
 それは、安堵や怯えや焦燥が入り混じってぐちゃぐちゃだった気持ちが、まるで馬鹿馬鹿しくなるほど圧倒的な情動で、洪水のように押しよせて余計な思考を洗い流した。
――ナツを守りたい、という想い。
 母性にも似たその感情はルーシィの中でシンプルかつ明確に形を成し、強く揺るぎないものとしてあっさりとおさまるべき場所を確保した。
「大丈夫だよ、ここにいる」
 ほら、と言ってルーシィは肘を曲げ、背中から回された手に触れる。ナツはそれを認識すると、また確かめるように指をなぞってから、安心したように握り返した。
「……夢を、見たんだ」




「あの場所は……確かに見覚えがあった……温度とか、匂いとか、……懐かしいような、感じもした」
 誰かに語り聞かせるというよりは、自分の中でひとつずつ確認をするように、ナツは口を動かし始めた。
「頭ん中で、声が、聞こえて……イグニールは、いないって、言ってた……存在すら、してねえって……オレの、弱さが、創りだした……幻想だって、……そう言われたんだ」
 ルーシィは呆気にとられた。まさか、あのナツがここまでショックを受けて動けなくなった原因が、たかが夢のせいだというのか。
「何を言ってるのよ、イグニールが幻想だなんてありえないって、ナツ自身が一番わかってることじゃない。滅竜魔法を使えるあんたが生き証人でしょう。それにガジルやウェンディだって」
「……そうだ、イグニールは……竜は……いる。……それは、確かだ」
「なら、どうして」
 ナツの目が一瞬ほんの少し細められ、奥歯がぎりっと鳴った。
「……オレは、何者、なんだ」
「……なにって、そんなの……」
「オレの……本当の、親は……」
 そこまで聞いて、ルーシィはハッとした。
 竜の子として育ち、滅竜魔法の使い手であるとはいえ、ナツがルーシィとさほど変わらない年齢の"人間"の少年であることに間違いはない。ナツの他にも滅竜魔導士が存在することがわかってからは余計に、深く言及するのはなんとなく憚られていたが、その出生についてまったく疑問に思わなかったといえば嘘になる。
「……もしかして……本当、に、……オレが、この手で……」
 呼吸が早くなり、小刻みに震えるのが伝わってきて、ルーシィは声にならなかったその先を悟った。ナツは、自分のせいで生みの親を死なせたかもしれないと思っているのだ。
 空いていたほうの腕を首の後ろへ回すと、あやすようにさすってやる。
「そんなこと、絶対にない。あたしが保証する」
 我ながら陳腐な言葉だとルーシィは思ったが、他に何を言えばいいのかわからなかった。
「……どっちにしても、オレは、……イグニールを、消そうとしたんだ、オレは」
 握られた手にきゅっと力が入った。
「普通の、人間だってことを、……自分で、認めたくて、それで……心のどこかで、イグニールの存在を……否定しようとした。……何もかも、イグニールのせいにして、……それであんな……」
「夢を、見たのね」
 コクン、とナツが頷く。
「失くすのは、……もう、いやだ」
 ゆっくり絞りだすように、かすれた低い声でナツはつぶやいた。
「失くすくらいなら、はじめから、ないままで、いい」
「……ナ」
 名前を呼ぼうとして、ちり、と指先にはしった刺激に、ルーシィは反射的に手を引きぬいた。と、同時にナツの身体からうっすらと魔力が漏れだし、包み込むように留まっているのを感じる。
 ナツの震えはいつの間にか治まっていた。
「熱っ」
 首をひねると肩越しに、回されたナツの手からしゅるしゅると小さな赤い炎が現れては消えるのが見えた。空中で燃え尽ききれなかった火のかけらがこぼれ落ちてルーシィの服を焦がしている。
「ナツ、何してるの、やめて」
 ルーシィは驚いてその手首を掴んで引き離すと、強い口調で訴えた。
 ナツの耳はその音を拾っているはずだが、認識はしていないようだった。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ」
 放出される炎がさっきより大きく揺らぐのを避けて必死に顔を覗きこむ。
「えっ」
 ナツの瞳の奥で途方もない闇が渦巻いているのが見え、ルーシィは思わず息をのんだ。
 その禍々しい魔力の気配には覚えがあった。
「……ジェネシス・ゼロ」
 それは六魔将軍のリーダー、ミッドナイトによって放たれた虚無の力。飲み込まれた者は闇の空間を永遠に彷徨うこととなるおそろしい魔法だ。
「もしかして、あの時に受けた魔法の影響がまだ残ってるんじゃ……」
 先のゼントピアの一件でミッドナイトと対峙した時、ナツはこのジェネシス・ゼロをまともに喰らい、亜空間に引きずり込まれた。奇跡的に自力で抜け出すことに成功したものの、その肉体や精神、記憶までもが一度闇に埋まり、侵食されたことに変わりはない。
 その時ルーシィは無限時計に摂り込まれかけており、ほとんど思考を支配されている状態だったが、ナツが暗い魔力の渦の中に消えるのを拷問のように眺めているしかなかった。
 思い出して背筋がゾクッと冷たくなる。
――失くすのは、……もう、いやだ
 さっきのナツの言葉が耳に響いた。

マインド・リフレクト《後編》へ続く
かおりです^^
木綿さぁん♪
…ナツは大丈夫なのでしょうか(>_<)
文章から伝わってくるイメージを脳内で浮かべていると、ナツを見るのが辛くなりそうですね。
でも、冒頭文からすでに惹きつけられております!

ルーシィが意外にも冷静なので、逆にその姿を受けてドキドキしますし!
ルーシィも…大丈夫かな。

そして、続きがどうなっていくのか非常に気になるという。

私がこの場に居たら…やはりハッピーと同じ行動をしそうですね。

すっごい興味深い物語です*^^*
後編が楽しみで、ソワソワしてます(笑)

木綿さんの小説読ませて頂けて嬉しいです♪

執筆なかなか進まないかもしれませんが…楽しみにしている者がここにいるので、がんばってくださいね。

いつも応援してます^^

ナツルーハピらぶ!木綿さんらぶです〜☆
2012-10-19 21:16:02
木綿
かおりさん、早速感想をありがとうございます。
まず、このコメント欄が正常に動作していることにウッヒョーと嬉しくなりその後冷静に内容を読ませていただきました。

冒頭の夢のシーンは、かなり原作を無視した設定を匂わせているため、読み手からしたらけっこう衝撃的なのではないかとすこし不安でしたが、思いがけず効果的に作用したようでほくそ笑んでいます。
私は基本的に、大筋のなかでも簡単なポイントだけしか決めずに、頭に映像も細かな設定もない状態でいきなり書き始めるタイプです。
絵で言うアタリ程度しか考えてないということです。
なので、どうしても後々設定に無理が生じたり、勝手に喋り出すキャラを持て余して、話を変更したりせざるを得なくなるのです。

つまり、私も話のオチが見えません。どうなってしまうのでしょうか。
オチも考えてねえのかよ!と思われるでしょうが、これでも既に話が二転三転しているのです。まったく迷惑な話だ。そう思いませんか。

ですが、こうして楽しみにしてくださっている読者がひとりでもいることがわかると、頑張ってはやく完結させたいという気持ちになります。
褒め称えてくれるばかりの心優しいかおりさんですが、たまには辛辣にご指摘くださってもよいのですよ。泣くかもしれないけど。
いつも応援ありがとう!
2012-10-20 09:47:48
しぇいく
木綿さんこんにちは!
木綿さんのナツルー小説はすばらしいもんですね!
惚れ直しました!!
続きがものすごく気になって毎日悶えております(´∇`)
これからもうずうずしながら木綿さんの小説待ってます(。-∀-)
2012-10-28 14:03:20
木綿
しぇいくさん、感想ありがとうございます。悶えていただき光栄です。
惚れ直していただいたということは既に惚れてくださっていたわけですねわかります。
じゃなくて、嬉しいですありがとうございます。もっと言ってもいいのよ。

小説を書くのは初めてのことでまだまだ拙い文章でお恥ずかしいのですが
ナツルーをただただイチャイチャさせたい一心で筆をとっております。
後編はRかからない程度にイチャイチャする予定ですが、上でも申し上げた通り
お話自体のオチがイマイチ決まらない状態で、ひょっとすると悶え損かもしれません。

続き、頑張って書いてますので飽きずに見に来て下さいね。
今後ともよろしくお願いいたします。
2012-10-28 19:10:39
後編もよませて頂きました
おっふ(´Д` )ふふふ(´Д` )
我慢しないで下さい、はい、やっちまえ
ありがとうございました!!!こんなうふふ
作品まじ感動です
2013-06-29 21:05:34
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