プロローグ
その日、鍵を開けて部屋に入ると、いつもの見慣れた光景の中に明らかに強い違和感を放つ存在があたしを待ち受けていた。
驚きのあまり抱えていた買い物袋を豪快に落としてしまい、中の物が床に散乱したがそれどころじゃない。
「……うそ」
「ワン!」
……犬だ。
あたしの部屋に、犬がいるのだ。
「え?……ええ?なんで……?なんで犬?」
そいつはソファの上からまっすぐこちらを凝視している。気迫というか風格というか、そんなオーラをまとっていて、なんというかまったく隙がない。しかも、かなり大型だ。噛み付かれたらひとたまりもないだろう。
「ワン!ワン!」
「ちょ、ちょっと静かにして!吠えるのは勘弁してー!」
冗談ではない。このアパートはペット禁止なのだ。見つかったら有無をいわさず追い出されてしまう。だいたいあたしのペットでもなければ、素性すら知れない犬のせいで路頭に迷うハメにでもなったら笑いごとでは済まない。
とりあえず後ろ手にドアを閉めてから、奴の目線の高さに合わせるために、あたしはその場でゆっくりと膝をついた。
相変わらず犬はあたしから視線を外さずにいる。表情は……よくわからないけど、怒っているわけではないようだ。
「ねえ、あんたどこの子?……どうやってここに入ったの?」
あたしは勇気を出してそっと右手を差し出してみた。すると、興味を持ったのかそいつは鼻を寄せてきた。おそるおそる顎の下を手のひらで触れてみると、嫌がる様子も見せずじっとされるがままになっている。なんだ、案外人懐っこいんじゃない。あたしはちょっと嬉しくなって、そのふさふさした桜色の毛並みを撫でてやった。
「……桜……色?」
ちょっと待った。
おかしい。桜色の毛の犬が、この世にいるだろうか。いや、世界は広い。ひょっとしたらいるかもしれない、百歩譲っているとしよう。
……だが。
あたしは犬の頭をガシッと両手で掴み、鼻がくっつくほど近づいて顔を覗きこんだ。犬がちょっと怯む。
「つ、吊り目……!それに、この牙!」
って、犬なんだから当たり前か。
「じゃあ、これはなんなのよ!?」
あたしはそいつの首に巻かれていたものの端っこを握って思い切り引っ張った。犬が苦しげに「ぐえっ」と呻いたが、あたしはすごく動転していて、前足の肉球で肩を叩かれるまでそのことに気づかなかった。
だって、その鱗柄のマフラーには、見覚えがありすぎたからだ。
「……まさか……」
身体中にいやな汗がふきだした。膝がカタカタと震える。
「ナ……ツ……?」
「ワン!」
嬉しそうにひと声吠えると、桜毛の犬は見事な尻尾をバッサバッサと振り回しながら、ソファの上から勢い良く飛びかかり、あたしを床に押し倒した。
一
「期限が切れちゃってるのはこの箱に入れてちょうだいね」
「はーい」
今日はミラさんにギルドの倉庫整理の手伝いを頼まれて、あたしは朝から忙しく働いていた。
ミラさんは在庫のチェックをしながらてきぱきと指示を出す。この分だと昼過ぎにはすべて片付きそうだ。
魔法薬の棚を整理していると、奥の方に珍しい形の小瓶を見つけた。
「ん?なにかしらこれ。……ギジアニマールZ?」
「あら懐かしい。それね、昔リサーナが変身魔法に慣れるために使ってたことがあるのよ」
ミラさんの話によると、この魔法薬『ギジアニマールZ』は、接収が使える魔導士でなくとも、飲むだけで簡単にアニマルソウルが体験できる優れものだという。
「実際に身体のパーツを動物に変化させることで、筋力を増幅させて素早く動いたり、羽根を生やして空を飛んだりする力を一時的に得ることができるの」
「へえ、じゃあ本当にリサーナの魔法と同じ効果なんですね」
「ええ。ただその商品、発売後すぐに欠陥があることが判明して製造中止になっちゃったのよ」
「欠陥?」
「そう。服用量を間違えるとね、一部じゃなくて全身が動物の姿になっちゃうの。しかも、時間が経つとだんだん思考まで侵食されて自分が人間だってことも忘れてしまうらしいのよ。そうなったらもう手がつけられないわね」
あたしはぎょっとして手の中の瓶をもう一度まじまじと眺めた。
「そんなことが……。てか、実際動物になっちゃった人がいるのかしら……」
「うふふ、実はね、リサーナも被害者のひとりなのよ」
「ええーーっ!?い、いったいなんの動物に……?」
「ゾウアザラシ」
「……ゾ……?」
「ゾウアザラシよ」
「……」
「うふふ、おもしろいわよねえ」
「……おもしろくは、ないです……(絶対わざとだ……!)」
そんな危険なものが未だにここにあるのはきっとうっかりなんかじゃないと思ったけど、あたしは黙って『ギジアニマールZ』を廃棄の箱に放り込んだ。
ニ
「あ……んっ……」
耳の溝をぬるりと熱いものが這うのを感じて、あたしはつい声を漏らした。
肩を床に抑えつけられ、しっかり体重を乗せられているため起き上がることはできない。そのまま首筋を執拗に往復する舌先のせいで、まともに力が入らないものだから尚更だ。それを知ってか知らずか時々思いついたように、鎖骨や耳朶を甘咬みしてくる。このまま食べられてしまいそうなほどの剥き出しの興奮についたじろぐ。
あたしはその度にゾクゾクと身を震わせて懇願するしかなかった。
「はぁ……あっ……もう、やめて……お願い」
だが容赦ない責めの手が緩むことはない。必死で頭を左右に振って抵抗するが……。
「こんなの……ダメよ、あたし……はぁっ、……もう、我慢できない……っ」
目尻から溢れ出た涙すら舐め取られてしまう。
荒々しい息遣いを隠そうともせず、勝ち誇ったようにあたしを見下ろす目はギラギラと血走っていて、まるで獣のようだ。
……ていうか、獣だし。
「ちょ、ちょっとホント、やめて、くすぐったい!あはっ、あははははは、だから、やめ……」
桜毛の犬はお構いなしに、いやむしろあたしが声を上げれば上げるほど、尻尾を振り回し大喜びで舐め回してくる。
「もうっ、遊んであげてるんじゃないっての」
あたしは腹筋に意識を集中し、膝を曲げて腰から下を一気に天井へ跳ねあげるように身体を折り曲げると、戻る反動を利用して勢いよく上体を起こした。
「えいっ」
さっきからあたしの上に覆いかぶさってやりたい放題していた犬は、床に仰向けにひっくりかえされ四本の足で空を掻いてもがいていたが、すぐにくるりと体勢をたてなおすとその場でちょこんとお座りをした。
「はぁ……はぁ……いったい、なんなのよ……こいつ……」
犬はだらんと舌を出してハッハッと呼吸を繰り返しながら、満足気にじっとあたしを見ている。その表情がなんだか笑ってるみたいで腹が立った。
「もうっ、よだれでべとべとになっちゃったじゃない」
顔を洗うために立ち上がって洗面所へ行き、再び部屋へ戻ってみると、犬はさっき玄関の前でぶちまけられたままになっていた買い物袋に鼻先を突っ込み、ガサゴソと漁っていた。あたしはため息をついて、床に転がったレモンやチーズやジャムの瓶なんかをひとつひとつ拾い集めた。
しばらくそのまま様子を見ていると、犬はフガフガとしつこく空っぽの紙袋の中をチェックしていたが、やがてそれがピッタリと顔にはまってどうにも外れなくなってしまったらしく、前足をあたふたと動かしながらひとりで暴れだした。
「ちょっと、何やって……」
突然壁に向かってダッシュしたかと思えば、止める間もなく派手な音を立てて柱に顔面を打ち付ける。が、ダメージは特にないようだ。ブルブルッと頭を振った拍子にようやくポロリと紙袋が落ちた。
「……バカなところはナツそっくりね」
小さな声でつぶやいたはずだが聞こえたらしく、犬はクルッとこっちを振り向いて、満面の笑み――そうみえるのだ――を浮かべながら駆け寄ってきた。ソファに腰を下ろしていたあたしの真横に来ると、ぴょんと後ろ足で立ち上がって、肘置きに前足を揃えて置く。ちょうど目線が合う高さになった。
あたしは犬に顔を近づけて、もう一度まじまじと観察した。
「ていうか、あんた……本当に……」
鱗柄のマフラーに気づいてからすぐにあたしの頭をよぎったのは、もちろんあの倉庫で見つけた魔法薬だった。
(でもそんなバカな話があるかしら。あの瓶は確かに廃棄の箱に入れたし、今日は倉庫にミラさんとあたし以外誰も来てないはず……)
目の前の犬らしからぬ三白眼が少し細められ、至近距離に耐えかねたようにぺろんとあたしの鼻の頭を舐めた。
そこでハッとした。
「そうだった……。そういやあの時あいつ、あたしのこと探してたんだっけ」
ギルドを出る直前に、あたしの名前を連呼するナツの声が聞こえていたのを思い出した。どうせ大した用事でもないのはわかっていたし、買い物の邪魔をされたくなかったあたしはそそくさとそのまま立ち去ったのだった。あのあと誰かに『ルーシィならミラの手伝いで倉庫にいた』などと聞かされていてもおかしくはない。
「もしナツが倉庫であの薬を見つけたとしたら、ラベルの注意書きなんてろくに読まずに、喜んで持ち出すに決まってるわ……。きっとあたしやグレイに飲まそうとか考えてて、なにかの拍子に自分が飲んじゃったとか……ああ、ものすごく想像できて怖い……!」
気づくと問題の張本人は悠然と床に寝そべっていて、頭を抱えて青ざめるあたしを小馬鹿にしたように一瞥すると、顎をおろして目を伏せてしまった。
(だけど……動物になっちゃうなんて……まさか、ほんとにそんなことが……)
あたしは犬のそばにしゃがみこんだ。コホン、とひとつ咳ばらいをする。
「……お、」
「……?」
ピン、とその大きな三角の耳がまっすぐ立った。
「……お座り!」
「……」
犬は心外だとでも言うようにギロリとこっちを見たが、すぐにプイッと顔を逆に向けてしまった。
「お……お手!」
「……フン」
差し出した手に見向きもせず、さっきと同じ姿勢のまま鼻息を吐く。なんて生意気な。
「チッ、……じゃあ、これならどうだあー!」
あたしは着ていたカットソーの襟ぐりをおもむろにガバッと開き、寄せた胸元を犬の顔の前に晒してみせた。我ながらアホなことをしていると思ったが、ここまで来たらヤケクソだ。
犬は迷惑そうにのそりと起き上がり、くるっと背を向けると後ろ足でカッカッカッと耳を掻いた。
「キィーー、なんて憎たらしいのかしら!」
人に服従する気配など微塵もないその態度に、あたしはいよいよ確信した。
「や、やっぱりそうだ、間違いない、この犬、ナツだわ……!まったく、相変わらずほんっとバカなんだから」
ピクリ、と桜毛の耳が動き、抗議するような目をあたしに向けた。
「な、なによその顔。自業自得よ、よく調べもしないで勝手に魔法薬なんか飲むから。ラベルに正しい服用量の記載があったでしょう……ってあれ?」
そういえば、さっきから……。
「あんた、なんであたしの言ってることがわかるの……?」
三
――時間が経つとだんだん思考まで侵食されて自分が人間だってことも忘れてしまうらしいのよ。
そうだ、ミラさんは確かにそう言っていた。
逆に言えば、薬を飲んで間もなければ、たとえ全身が動物のなりをしていても、人間の思考を持っていられるということだ。となると、普段から野生動物に見まごうばかりのナツの行動のせいでまったく気が付かなかったが、この犬の中身はおそらく、まだナツのままなはずだ。言葉が通じているのも頷ける。
「でも、このままじゃ……」
ナツは完全にただの犬になってしまう。
あたしはゾッとした。ナツが犬の姿をしているのと、ナツが犬になってしまうのとではまったく話が別だ。
「ど、どうしよう、なんとかしなくちゃ……そうだわ、ミラさんに魔法の解除方法を聞いてみよう!」
かつてリサーナがゾウアザラシになってしまったことがあるというからには、確実に元に戻る方法はあるはずだ。もとより『ギジアニマールZ』は市販されていたもの、ひょっとしたら他のポーションタイプの魔法薬と同じように、一定時間が経ってその効果が切れれば勝手に解けるのかもしれない。
「待っててナツ、すぐに戻ってくるわ。大丈夫よ、このことはみんなには内緒にしておいてあげる。だからここで大人しく……きゃっ!?」
突然後方に思い切り引っ張られ、あたしは玄関前の床にステンと尻餅をついた。
「ナツ?」
スカートの裾を咥えていたのは桜毛の犬だった。
「……何するのよ、はやく魔法を解除しないとあんた……」
犬の姿をしたナツは足の間にずいっと身を寄せ、何かを訴えるようにその黒い瞳でじっとあたしを見つめた。
「……」
あたしは迂闊にもその眼差しにドキリとしてしまう。
(い、犬相手に何をときめいてんのよあたしは!……そりゃ中身はナツだけど、これは犬よ、犬!……ってちがう、なんで"別に中身がナツだったらときめいてもオーケー"みたいなことになってんの!)
かーっと顔に熱が集まるのを何とか阻止しようとあたふたしているあたしに、ナツは無遠慮に鼻先を近づけたかと思うと、ぽかんと半開きだった唇をぺろりと舐め上げた。
「ーーーーっ!?」
ナツの表情はさっきと少しも変わっていないが、これは明らかに犬の行動ではない。
あたしはあまりの動揺に、奇声を上げながら掌底で力一杯ナツを押しのけて立ち上がり、後ろを振り返らずダッシュで部屋を出るとバタンと思い切り玄関の扉を閉めた。
「な、ななななによ今の!?あ、あ、ああいつ一体なんのつもりなわけ!?」
ギルドへ向かう道を走りながらも、あたしの頭の中はぐるぐると混乱していて、おかげで石畳に何度も足をとられて転びかけた。
「あら、ルーシィ、今日はもう帰ったんじゃなかったの?」
ギルドに着くや否やまっすぐカウンターへ向かうと、若干乱れた着衣に顔面蒼白で息を切らし、どうみても尋常じゃないはずのあたしの様相にまるで触れもせず、ミラさんはけろっと笑顔で迎えてくれた。
「ちょっと、ハァハァ、ミラさんに、ゼェゼェ、聞きたいことが、あって、ハァハァ」
「うふふ、『ギジアニマールZ』のことかしら?」
がくん、と顎が外れたような錯覚をおぼえる。
やっぱりこの人は普通じゃない。最近ではあたしも、他のギルドメンバーと同じようにちょっとやそっとのことではこの人の言動に驚かなくなっていたが、今回はさすがに無理だった。
「……ど、どうしてそれを……?」
「あらあら、そんなに驚くことじゃないのよ。実はね、さっきルーシィに仕分けてもらった廃棄用の箱を処分しようと思ったら、入れてあったはずの『ギジアニマールZ』がなくなっていたの」
なんだ、そういうことか……。ってやっぱりーーー!!
持ちだしたとしたら、あいつ以外に考えられない。
(ナツが犬になったのは間違いなくあの薬が原因ね……)
「そ、そうだったんですか。でも、あのですね、あたしが聞きたいのは……そのう、」
どう誤魔化して魔法の解除方法を聞き出そうかと思案しつつ口ごもっていると、ミラさんはあたしの言葉を遮るように口を開いた。
「まあもし万が一、誰かが間違えて用量を守らずに薬を飲んじゃったとして、たとえばフェルナンデスオットセイとか、カニクイアザラシの姿になってしまったとしても大丈夫。解除は簡単よ。あの薬、要するに変身魔法を応用したもので原理はわりとシンプルなの。魔導士が変身したい動物を思い描くと薬の効果でそれをより確実に具体化するというものよ。つまり、戻りたければ元の自分の姿を思い描けばいいわけ」
「な、なあんだ、そんな単純なことだったんだ……!」
ミラさんが何故鰭脚類の動物にこだわっているのかは突っ込むべきではないと冷静に判断しながらも、あたしは心底ホッとした。もしも効果を消すためになにか薬のようなものが必要だということにでもなれば、ナツを人間の姿に戻すまでにそれなりの時間がかかってしまうだろう。そうなればこのことをみんなに隠しておくことは非常に難しくなる。
「ただし」
ミラさんは珍しく真剣な顔で付け加えた。
「人間の思考が維持できていなければ、自分の元の姿を思い描くことなんてできなくなるわ。当たり前だけどね」
「……!!」
そうだ、最初にミラさんから話を聞いた時、言っていたではないか。
――そうなったらもう手がつけられないわね。
あれは、そういう意味だったのか。
「薬の効き目には個人差があるからなんとも言えないけれど、動物の姿になってから人としての自我を完全に失うまで……そうね、長くて半日くらいじゃないかしら」
そこまで聞いたところでいてもたってもいられなくなり、あたしは返事もしないでそのままギルドを出ると、脇目もふらず全速力で家へ向かって走った。
四
「あー……どうすっかなー……」
ようやく狭いクローゼットから這い出し、オレはソファにどっかりと腰を下ろすと首をコキコキとならした。
この状況はまずい。非常に、まずい。
「つか、ルーシィのやつ……」
部屋の隅で震えている、オレの髪と同じ色のあいつ。
「オレを、あれと間違うとか……あり得ねえだろ」
正直言ってショックだ。
だって、犬だぞ。間違うか普通?
……いや、でも確かにちょっと似てる、気はする。
「くっそー、だからってあの野郎、ルーシィをあんなにしやがって……!オレだってまだ舐め回したことねえのに!」
ついさっきこのエロ犬に押し倒されて、いいように弄ばれていたルーシィのあられもない姿を思い出し、オレは両手で頭を掻きむしった。
犬ごときに先を越されたことだけでなく、ルーシィがあれをオレだと思ってるのがまた余計に腹が立つ。
(ルーシィもルーシィだ。犬相手に、よりによってオレの見てる前で、あんな……エロい声、出しやがって……)
……。
…………。
…………マジでエロかったな。
「……って、なに考えてんだオレはーーー!!」
思わず炎を吐き出しそうになって、オレは慌てて口を抑えた。
観葉植物の鉢の後ろで縮こまり、上目遣いでこちらを窺っている犬をキッと睨んだ。
「おまえのせいだぞ、バカ犬。オレこれからどうすりゃいいんだよ」
わかってる。
こいつは別になにも悪くない。清々しいまでの八つ当たりだ。
――なによその顔、自業自得よ。
ルーシィの言葉が胸に突き刺さるようだ。自分でもまさにその通りだと思う。
「ただの、イタズラのつもりだったんだよ。わかるだろ?」
オレはそう言いながら、オレに似た犬のそばにしゃがみこんだ。
足の間に尻尾を丸め込み、ぺったりと耳を後ろに倒して怯えたようにこちらを仰ぐその情けない顔を見ていたら、なんだか完全に毒気を抜かれた気分になってしまった。
ビクッと身を硬くするのも構わず、オレは犬の頭の上に手を置き、そのままワシワシと撫で回しながら大きなため息をついた。
だって、まさかこんなことになろうとは……。
事の経緯はこうだ。
この犬は、今朝ハッピーとギルドへ向かう途中でオレが見つけた。
これだけ大型できれいな毛並みをしているのに首輪をしていなかった。大方、どこかで飼われていたが何らかの事情で手放さなければならなくなった飼い主が、手っ取り早く道端に放置したのだろう。
「大人しいやつだな」
「こんなところに捨てるなんてひどい、オイラ許せないよ」
ハッピーは怒りを隠そうともせず、強い口調で訴えた。
「大きい犬だから、通報されたらすぐ連れてかれて処分されちゃうよ。なんとかしてあげようよ、ナツ」
「ああ、そうだな。さすがにこのまま放って置くわけには……」
「じゃ、オイラは怖いから帰るね。わかってると思うけど、家へは連れて来ないでよね」
犬からだいぶ距離をとって立っていたハッピーだったが、それだけ言うと、くるりと踵を返しさっさと帰宅してしまった。
「……たく、しょうがねえなあ」
とりあえずギルドへ連れていこうとオレは考えた。
ひょっとしたら飼ってもいいと言う人間がいるかもしれないし、もし引き取り手がいなかったとしても、飼い主が見つかるまでギルドの裏庭にでも置いてやればいい、ここよりはいくらかマシだろう。
「ほら、行くぞ」
声をかけると、犬は嬉しそうに尻尾を振ってオレの後ろをついてきた。
そんなわけで、オレは朝からずっとルーシィを探していた。何故かってそりゃもちろん、犬を見せて驚かせてやりたかったのと、飼い主を探すのに、きっといい案をくれるに違いないと思ったからだ。
まあ実際のところそんなのは全部口実で、オレがギルドに着いてまずルーシィを探すのは、もはや日課のようなものだった。
ところが、何故だか今日に限ってルーシィは見つからなかった。匂いはすれど姿が見えない。
まあ、ギルドのどこかにいるのは確かだからそのうち会えるだろうと思いながら、皆に犬を見せてやったり、裏庭に即席の小屋を用意してやったりしていたのだが……。
「なにぃ、帰ったぁ?」
カウンターで本を読んでいたレビィにルーシィの居場所を尋ねると、ついさっきミラの手伝いを終えてギルドを出ていったという。
「薄情なやつだなあ、オレがこんだけ探してるってのに……。まあいいや、そんなら直接家に……」
「あ、でもルーちゃん、今日はこのあと食料の買い出しに行くっていってたから、きっとまだ帰ってないと思うよ。通りの店じゃなくて、市場まで行くつもりみたいだったし」
とりあえずレビィに礼を言ってその場を立ち去る。
オレはイライラしていた。
別にこんなすれ違いはしょっちゅうあることなのだが、こうも会いたいと思った時に会えないと、いよいよルーシィへの想いは募る一方だ。半ばムキになっていたのかもしれない。
気がつくと、ルーシィがついさっきまで仕事をしていたという倉庫に来ていた。なるほど確かに強くルーシィの匂いがするものの、当然その姿はない。
普段からめったに足を踏み入れることのないこの部屋にさして興味を示したことはなかったが、さっきまでルーシィがここでなにやら作業をしていたのかと考えながらぐるりと辺りを見渡してみると、なんだか少し新鮮な感じがした。
「へえ、なんかおもしれえもんがありそうだな」
ちょっと気を取り直し、オレは物色をはじめた。
そう、そこへ例の魔法薬だ。
あいつの予想通り、箱からあの瓶を見つけて持ちだしたのは、何を隠そうこのオレだ。断っておくが、廃棄用の箱に入っていたものだったからもらっても構わないと思っただけであって、こんな大事になるなんてことは予想だにしていなかった。それからあいつ、「ナツがラベルの注意書きなんて読むはずがない」と決めつけていたが、さすがルーシィ、オレのことはなんでもお見通しだ。当然、用量など気にも留めていなかった。
とにかくオレは足取りも軽く裏庭へ行き、誰もいないことを確認してからポケットから瓶を取り出した。
「『ギジアニマールZ』……なになに、『誰でも気軽に接収体験!!憧れのケモナーに、キミもなれる!!』……ケモナー?なんだそりゃ。要するにリサーナのアニマルソウルみてえな魔法がつかえるようになるってことか」
なるほど、とオレは考えた。
アニマルソウルの力を得たオレの姿を見せるのも面白いが、大した意表はつけない。かといって、ルーシィやグレイにこっそり飲ませたところで、具体的な動物の姿を想像させた上で、ある程度の魔力を使ってそれを自分の身体に顕現するイメージを作らせることができなければ魔法が発動しないだろう。説明もせずにそれをさせるのは至難の業だ。だいたいルーシィはこの薬を知っている可能性が高いのだから、ストレートに使用して見せたのではイタズラの意味がない。
「うーーーん……」
頭を抱えて唸っていると、ペロンとなにか湿ったもので頬を撫でられた。
ぎょっとして振り向くと、今朝のあの犬がオレのすぐ横にぴったりと寄り添うように座ってハッハッと舌を出している。
(そういや、こいつ裏庭に放してあったんだっけ……)
……。
…………。
「!!」
オレは閃いた。閃いてしまった。
閃くべきではなかったが、閃いてしまったのだ。
「犬のエクシードを作るぞ!」
おもむろに『ギジアニマールZ』のキャップを開け、ぽいと投げ捨てた。
興味深そうにオレの挙動を見守っていた白い犬の首に腕を回して押さえこみ、その口を大きく開かせると、そのまま瓶の中身を一気に注ぎ込む。
犬ははじめ、なにが起こったか理解できていないようにされるがままになっていたが、薬がよほど不味かったのか、ピキッと一瞬硬直したあと、ものすごい力でオレの手を振り払い、猛ダッシュでそこらじゅうを駆けずり回った。
オレは自分で薬を飲まなくて本当によかったと思いながら、その様子を見守った。
しばらくして落ちついたのを見計らい、オレは犬の目の前に一枚の絵を掲げた。そこには美しい野鳥の羽ばたく姿がいまにも実体化しそうなほど写実的に描かれている。
「そうだ、よく見ろ、おまえは鳥だ、鳥だぞー」
動物の脳は単純だ。
魔力がなくとも、人間と違って雑念がない犬の思考ならば、見たものをそのまま映像として頭に思い浮かべるはず。ましてやピクトマジックを操るリーダスが描いた絵だ、効果はてきめんだろう。
果たして、変化はすぐに表れた。
「グァ……ガ、ガァッ……」
犬は突然低いうめき声をあげながら、ざわざわと全身の毛を逆立てはじめた。
なんだか苦しそうでオレはちょっと心配になったが、このでかい犬にハッピーみたいな羽根が生えたところを見てみたい、という衝動を抑えるまでには至らなかった。
……ところが。
事態はなんだかそんな脳天気な話でもなくなってきた。なんと、犬の体が発光し始めたではないか。
「うげっ、なんだあれ、大丈夫なのか、あいつ……」
さらにオレの耳には、ミシミシと筋肉が軋むような音が生々しく聞こえてくる。
もしかしてオレは今とんでもないことをしてしまったのではないかという不安にかられたが、止めるにはもう何もかも手遅れだった。
「ウオオォォォォォォン」
あたりの空気をビリビリと震わすほどのけたたましい咆哮にオレは思わず耳を塞ぐ。同時に、犬の周囲の地面がぼふん、と歪んだように見えた。
……いや、そうではない。歪んだのではなく、魔力の圧によって押し固められた土が、一瞬にして大地に凹みをつくったのだ。魔力など持っていないはずのただの白い犬が、とてつもない膨大なエネルギーに包まれながら何やら変貌を遂げていくさまを目の当たりにして、オレは唖然とその場に立ち尽くしていた。
「オイ……マジかよ、なんなんだよこの魔力……!」
眩い光を放つその力の塊は飛散できずに渦の形を成しはじめる。ゴウゴウと土を削りとりながら上へ上へとのぼって行き、だんだんと小さくなってやがてそれは消えた。
……変身が完了したということか。
オレは念のため距離をとって身構えた。さっきのあの魔力は尋常ではない。ひょっとしたらヤバい化け物を生み出してしまったのかもしれない。
もうもうと土煙が立ちこめる中に、先ほどとは明らかにちがう気配の生き物がのそりと動くのをオレは感じ取った。背筋にピリッと緊張が走る。
と、目で追えないほどのスピードで、何かが煙の中から飛び出してきた。オレは咄嗟に跳躍する。
右足を高く上げて、そいつが飛び込んでくるタイミングに合わせて空中で絡めとるように踵を振り下ろした。
「キャウン!」
「……え?」
インパクトの瞬間、聞こえた悲鳴に身体が反応したおかげで、オレはかろうじて力を最小限に絞ることができた。
「攻撃……じゃ、なかったのか……?」
どさりと地面に蹴り落とされたそいつの身体が砂塵の隙間から見え隠れしている。真っ白だったはずの毛色が妙に赤みを帯びて見えるのは、さっきの魔力に身体が耐えられずに派手に出血でもしたのだろうか。
だが、オレが着地するのと同時にそいつもむっくりと起き上がった。よかった、ダメージはないようだ。
「おい、おまえ」
声をかけてみる。
「こっち来い、なんもしねーから」
敵意はないことを伝えようと、オレはしゃがんで身を低くした。すると、ブルブルッと身体を震わす音がしたあと、そいつがこちらへ向かってゆっくりと歩いてくるのがわかった。
「ようやく、姿が拝めるな」
オレはわくわくしながら土煙がおさまるのを待った。さっきのパワーを考えると、ハッピーのように、ただ単純に犬に羽根が生えたというだけの形態ではないだろう。
その時、気まぐれな風が裏庭に立ち込めていた淀んだ空気をブワッと一掃した。
ついに全身を陽の下へ晒したその生き物を見て、オレは驚きのあまり口を開けたまましばらく固まってしまった。
「なん……だと……」
そこに立っていたのはなんと、羽根も、クチバシも、鉤爪もない――
――犬だった。
ぱちくり、とお互い顔を見合わせて瞬きをする。
「……」
「……」
「……てか」
「……」
「……犬じゃん」
「ワン」
「犬じゃーーーん!!」
悲痛な叫びはギルド中にこだましたが、誰一人としてそれを気に留めるものはいない。
がっくりと膝をつき、地面を拳で叩くオレに、犬が情けない顔でトコトコと近寄ってきて、少し申し訳なさそうにぺろりと顔を舐めた。
五
とまあ、そういうわけで、エクシード犬を作ることに失敗したオレは、開き直ってこの"普通の犬"を家主不在の間に部屋に連れ込み、帰ってきたルーシィが慌てふためくところを隠れて楽しむというシンプルなドッキリに路線を変更せざるを得なかったのだった。
肝心の犬の様子だが、変身前、ギルドの女子達から『モフモフ柔らかい毛並みにツインテールみたいな垂れ耳、おっとりとした優しい目が癒し度1000%キュート☆』と評判だった風貌は、変身後は『フサフサ野性味あふれる毛並みにピンと立った大きな三角耳、見たものを震え上がらせる鋭い眼光で番犬度1000%ワイルド☆』とでも表するべきだろうか。しかしながら、体の大きさなんかはほとんど変わってないし、魔力が宿ったわけでもない。血統書付きの犬が雑種の犬になったというくらいのものだ。オレが想像していた変身に比べたらこんなもの大した違いではなかった。
ただひとつ――
「……おまえさ、なんでその色なんだよ。真似すんなよな」
――その桜の花のような毛色を除いては。
犬の首にオレのマフラーを巻いたのはほんの思いつきだった。
まず、ルーシィがこのマフラーに気づくことでこの犬を連れ込んだのがオレだということを知る鍵になる、というのが大きな理由。そして、オレのアイデンティティとも言えるこの桜色が、たとえそれが犬であろうとも、ルーシィの中でひとつきりでなくなることがなんとなく嫌だと考えたのも確かだ。
こんな色の毛をした犬なんて滅多にいるもんじゃない。こいつさえ、"ナツの桜髪と同じ毛色の犬"という位置づけになってくれればオレの気は収まる。
要するに、オレとしてはこのドッキリにおけるささやかなプラス要素のつもりでやったにすぎなかったのだ。
(それが、どうだよ……)
マフラーがオレのものだと気づいた時のルーシィの慌てようときたらもう、見ちゃいられなかった。
「オレってこんなに目つき悪いか?……てか、」
オレはポケットを漁り、『ギジアニマールZ』の空き瓶をとりだして、ひょいと空中に放り、くるくると回転しながら落ちてくるそれをぱしっとキャッチするとしげしげと眺めた。
「なんで、中途半端に変身したんだろうなあ」
あの時、間違いなくこいつはリーダスが描いた野鳥の絵を持ったオレの方を見ていて、その頭の中になにか思い描いたからこそ、魔法が発動したはずなのだ。あの場には、他に動物なんていなかったはずだし……。
……ん、待てよ。
「……まさか……」
ガバッと身を起こすと、オレは手の中の瓶をころんと転がして裏返し、ラベルの後ろに書かれていることを読み上げた。
<ご使用上の注意>
・服用の際は、周りに人がいないことをご確認の上、広い場所で行なってください。
・直射日光の当たらない涼しいところで保管してください。
・ラベルに記載されている用法・用量を守って正しくお使いください。
・短期間で連続しての服用は、体に負担がかかりますのでお控えください。
・ちなみに、ヒトも動物に含まれます。
「チッ、こんなの読まなくたってどれも書いてあること同じなんだよ……このくらいのこと全部わかって……」
……!?
・ちなみに、ヒトも動物に含まれます。
「……って、わかるかァーーー!!」
オレは瓶を床に叩きつけた。
「いや、この注意書き絶対おかしいだろ。『ちなみに』ってなんだよ、なにサラッと問題発言してんだよ」
……なんということだ。
この犬、よりにもよって、このオレの姿を思い浮かべやがったのか。
「そりゃ、似てるわけだぜ……」
オレは犬の顔を掴んで改めて観察した。その時のオレはさぞ凶悪な顔をしていたのだろう、犬が絵よりも気を取られても文句は言えないのかもしれない。
その時、ドアの外からパタパタと階段を登ってくる音がして、オレはビクッと縮こまった。
ルーシィにオレの姿を見せるわけにはいかない。いや、実際は見せたほうが良いのだろうが、今のオレにそんな勇気はなかった。大急ぎでクローゼットに身を潜める。
ルーシィは玄関の扉を開けて入ってくるや否や、必死の形相で犬のもとへと駆け寄るとマフラーを掴んで叫んだ。
「ナツ、お願い、元に戻って!人間の姿の自分を思い浮かべるのよ、早く!」
オレは戸の隙間からその様子をじっと覗っていたが、ルーシィのあまりの剣幕に、さっきのタイミングでネタばらしをしなかったことを早くも後悔し始めていた。
(めんどくせえことになったなあ……)
アニマルソウルの魔法については、昔リサーナからいろいろ聞かされていたせいで結構詳しいもんだが、そうか、ルーシィはオレが変身の解き方を知らないと思っていたわけか。それであんなに焦って……。
犬は困ったようにルーシィを見つめながら、パタパタと尻尾を振って大人しく座っている。そりゃそうだ、なにせ犬だからな。
ルーシィは明らかにイライラした様子で犬を揺さぶりながら声を荒げた。
「ねえ、聞いてるの?もう時間がないわ、早くしないと人間に戻れなくなっちゃう!」
(……は?)
オレは耳を疑った。
(……人間に戻れなくなる、だと?)
オレはポケットからもう一度空き瓶を取り出すと、ラベルを隅から隅まで読んでみた。
(おいおい、そんなことどこにも書いてねえぞ、あいつ何言ってんだよ……)
「……ナツ、あたしの言うことを聞いて。これは冗談でも何でもないわ。あの魔法薬はね、欠陥商品なの。あんたが量を間違えて飲んだせいで、全身が犬の姿になっちゃったのよ。このまま時間が経てば、姿だけじゃなく思考まで完全に犬になっちゃうわ。そしたらもう手遅れなのよ!」
いや、そいつはもともと犬だし……ってそんなことは今どうでもいいんだよ!なんだ?欠陥商品?……この薬が?
(じゃあ何か?もしオレが自分でこれを飲んでたら……)
オレはゾッとした。目の前の光景は一歩間違えば実際に起こり得たのだ。ルーシィがはじめからこのことを知っていたのだとすれば、そんなヤバいもんをオレが持ちだしたとわかり、あれだけ慌てていたのも頷ける話だ。
だが、実際に薬を飲んだのは犬であってオレじゃない。
「……」
「……」
当たり前だが犬には何の変化もないまま、ひとりと一匹はお互い向き合った状態で膠着していた。何も起きないとわかっているオレですら、無駄に過ぎて行く時間に胸が締め付けられる思いがした。
「……なによ、その顔……」
緊迫した沈黙を破ったのはルーシィだった。いや、当たり前なんだが。
「いい加減にしてよ、あんた、面白がってあたしにイタズラしてるつもりなんでしょう?……ねえ、なんとか言いなさいよ……」
さっきまでの気迫はどこへやら、ルーシィはぺたんと床に座り込んで、弱々しく言葉を吐き出した。
「……ワン」
オレに似た犬が小さく吠えるのと同時に、ルーシィはひしとその桜毛に覆われたたくましい体を包み込むように抱きしめ、鱗柄のマフラーに顔を埋めた。
「……ナツ……!どうしてよ、ねえ……!元に、戻ってよ……お願い……」
ルーシィは肩を震わせながら小さな声で訴える。犬はされるがままにじっとしていたが、一度情けない顔で助けを求めるようにチラッとこちらを見た。
(あー、くそ……泣くなよルーシィ……そいつはオレじゃねえよ……!)
オレはギリギリと奥歯を噛み締めながらも、クローゼットから出ることができない。
「間に……合わなかったんだ……、もう、あたしの言葉……通じてないのね……」
小さな嗚咽はやがてだんだんと激しさを増し、ルーシィはいよいよ本格的に泣きだした。
「う、うぇ・・・・うわあぁぁん、ナツが……ナツが犬になっちゃった!うぅ、うえぇぇぇーん」
……なんて可愛げのねえ泣き方なんだ……!
動揺しすぎていたせいか、オレはそんなことを考えていた。
ただでさえ、ルーシィの悲しむ顔なんて見たくはないのだ。今回の件だって、ルーシィを楽しませたくて、笑わせたくて思いついたことだ。
その整った顔が歪むのも構わず、こぼれ落ちる涙や鼻水を拭おうともしないで、ただただオレ(っぽい特徴を宿した犬)を抱きしめて声を上げるさまは、否応なしにオレの心をすさまじい罪悪感で満たした。
「うあぁぁーーん!うぇ、ひぐっ……、びえぇぇーん」
ああ、もう、無理だ。
いますぐここを飛び出して、あいつを抱きしめよう。そして、全部悪い夢だったと伝えよう。
オレは、クローゼットの中で身構えた。
(……ルーシィ……!オレは……、オレはここにいるぞ……!)
扉を押し、この身を晒そうとしたまさにその時、ルーシィがガバッと勢いよく顔を上げた。
「!?」
オレは心臓が飛び出しそうなほど驚き、反射的に戸の内側に隠れる。
(はぁ……はぁ……びっくりした……)
「……ナツ」
囁くように小さな声がした。その声音に何かを決心したような強い意志を感じて、オレはピクと耳をそばだてた。
「あたし、諦めないから。……どれだけ時間がかかっても、絶対に、ナツを人間の姿に戻してあげる」
(……こいつは……なんだってこう、いつも……)
往生際が悪いというか、なんというか。
「大丈夫よ、あたしがずっとそばにいるから。大家さんに事情話して、それでもダメなら、一緒に住めるところに引っ越そう」
扉を背にしていたためその表情や行動はわからなかったが、ルーシィが本気だということは十分すぎるほど伝わってきた。
「それから……」
と、凛としていた口調が、そこで嗚咽混じりに変わった。
「あ、安心っ、して。ひぐっ、あっあたしが……あんたの代わりに、ぐすっ、……イグニール……っ、ふぇっ、見づけるっ、がらっ……」
「……!!」
オレの中で何かが爆発したような衝撃が走った。
その場で目を見開き、両手で口を抑えて思わず漏れそうになった声を押し留める。
(反則にも……ほどがあるだろ……!)
参った。完全に、参ってしまった。
このどうしようもない高揚感を、どこへぶつければよいものか。打ち鳴らす鼓動と、身体中を駆け巡る熱のせいで、オレはわけがわからなくなっていた。
――知らず知らずのうちに、その背中に体重をかけすぎていたことも。
がこん、と間の抜けた音がしたと同時に、オレの視界がぐるんと縦に半周した。
「あ」
そう、内側から押されたことでクローゼットの扉が勢いよく開き、オレは背中からごろんと部屋の中へ放り出された、というわけだ。
「……え?」
顔中涙でぐちゃぐちゃのルーシィが、あぐらをかいたままコンパクトに床に転がるオレの姿をその目にとらえた。
「……」
「……」
「ナ……ツ……?」
「あ……えっと……その……」
オレは直前まで滾りに滾っていた胸の昂りが、音を立てて小さくしぼんでいくのを感じていた。
ルーシィがフラフラとこちらに歩み寄ってくるのがわかっても、この間抜けな格好をどうにかすることすらできない。
極めつけに、口を付いてでた言葉は、自分でも耳を疑うものだった。
「……ドッキリ……だ、だい、せい、こ……う……」
「……」
オレが最後に見たものは、オレの頭をこの木板の床にめり込ませるために、両手を振りかぶって叩きつけんとする瞬間のルーシィの姿だった。
ぎゅっと目を閉じ、怒りの鉄槌を甘んじて受け入れるべくオレは身を硬くした。
――はずなのだが。
むにゅ、と柔らかく温かい感触に顔面を包まれ、オレはゆっくり目を開いた。
(……ん?……むにゅ?)
ただでさえパニック状態だったオレは、ルーシィが仰向けにひっくり返っているオレの上半身に頭上方向から覆いかぶさるように抱きついているせいで、その豊満な胸がちょうどオレの顔に押し付けられているのだ、ということを理解するのにだいぶ時間がかかったわけだが、
「ナツ……!ナツ、ナツ!よかった……!ほんとによかったぁー!」
そのただ一言で、ルーシィの純真さや気高さや懐の深さ、情の厚さを、いやというほど思い知らされた気分だった。
にも関わらず、実際のところ、反省も後悔も自己嫌悪も懺悔も、とりあえず全部保留にして、その時、オレがまったく別のことを考えていたことは言うまでもない。
エピローグ
その後、有象無象あったものの、オレに似た桜毛の犬は結局そのままの姿で、ギルドの番犬兼看板犬として晴れて妖精の尻尾の一員となった。
ハッピーだけはまだ慣れないようだが、それでも犬との物理的距離を一定に保ちつつ、それなりにうまくやっている。
気に喰わないのは、一番懐いているという理由からルーシィが犬の飼育係として抜擢され、あいつ自身もまんざらでもない様子で甲斐甲斐しく世話をしてやっていることだ。
「まったく、毎日散歩に付き合わされるこっちの身にもなって欲しいってもんだぜ」
と、オレが呟いたのを耳ざとく聞いていた鉄クズ野郎に
「おいおい、てめえが勝手について行ってるだけだろうが。そんなに独り占めしてえなら、さっさとモノにするんだな。……まあヘタレなおめーにゃ無理か、童貞野郎」
ギヒッ、と例の下品な笑いを浮かべて絡まれた時は、それはもう久々にギルドホールが半壊する勢いで暴れたわけだが……。
――つい先日のことだ。
「チェリー、そんなに引っ張らないで」
「!?」
オレはぎょっと目を見開いてルーシィを振り返った。
「おい、ルーシィ、……なんだよその名前は」
「何って、いつまでも『犬』じゃかわいそうじゃない。レビィちゃんと相談してつけてあげたのよ」
「だからって、なんでよりによって、ち、チェリー……」
ルーシィはもごもごと口籠るオレを、心底不思議そうに見つめる。
「?桜色の毛だから、チェリーブロッサムのチェリーよ、かわいいでしょ?……あーっ、もしかして……ナツ、あんたこの子がオスだからそんなこと言うのね」
「はあ!!?」
オレは大げさに飛び退いた。
(……な、な、なんだ?わかってて言ってんのか?わかっててこのオレをからかってんのか!?)
「いいじゃない別に。確かに女の子っぽい響きではあるけど……犬の名前にオスもメスもそんなに関係ないわよ」
「え?……あ、ああ……」
(な、なんだ……そういうことか……)
ホッとした矢先、ルーシィはニコッと笑ってオレに向かって言った。
「あんたも同じね、チェリー君」
「ぶぁーーーー!!!」
オレは盛大に口から炎を吹き出した。
「きゃああっ、ちょっとナツ、あんたなにやってんのよ!」
「おまっ、え、な……」
幸い周りに人はいなかったが、オレは慌てて飲み込んだ炎に咳込みながら、ルーシィに抗議の目を向けた。
「なによ、なんかおかしい!?」
「ーーーーっ」
……だめだこいつ、マジでわかってねえ。
オレは、前方を歩く憎たらしい犬をざかざかと大股で追い越した。さらにその数歩先を歩きながら、オレは赤い顔を見られないよう、後ろを振り向かずに言い放った。
「おまえそれ、宣戦布告と受け取るかんな」
後方を歩くルーシィが、困惑顔で首を傾げる様子がありありと浮かんでくる。
意味は伝わってなくてもいい、だが、オレの決意が固まったことは間違いない。
「……覚悟しとけよ、ルーシィ」
― 完 ―
散々、犬化ナツ犬化ナツって聞いてたからぁ〜…。
ぬぁぁぁぁぁん。そうゆうことかぁ…Σ(OωO )
やられた…。しっかり騙された…。
しかも、ちょっとウルルンってきちゃったし(T_T)
イグニールのくだり、
いちごがルーシィをギュッてしたくなっちゃっちゃ。
まぁ、このお話しの本当の意味でのメインは、
エピローグ部分だと、いちごは勝手に解釈いたしました。
フフフ。
頑張れよ、チェリー君(*≧艸≦)
今日は二作品の投下…お疲れ様でしたぁ!!
あ、言い忘れましたけど…
思い出しニヤニヤが止まらないくらい、面白かったです。
そう、私は再三に渡りtwitterにて『ナツ犬化ネタの話を書いている』とほのめかしており
罠にかける気満々でおりましたが、豪快に一本釣りされていただいてなによりです。
厳密には"犬化ナツ"ではなく"ナツ化犬"が正解でした。
ウルルンってきましたかそうですか。嬉しいです。
『元に戻すのを諦めない』と言っておきながら『代わりに……』と泣きながら訴えるあのセリフは
やはりルーシィもどこかで"もう二度と戻れないかも"という気持ちもあって、矛盾の中で葛藤する
様子を表した非常に深いシーンなのです。
というのは今考えましたすいません。
エピローグは、オチを感動で締めくくろうとしていた私の頭の中に、突然降って湧いたアイデアでした。
まるで"大層なこと考えてんじゃねえよ、いつも通り残念ピンクネタで〆ろやボケ"と言われているようで
犬の変身シーンを書いている辺りで一旦中断して、うなされたように先に書き殴った次第です。
これ、意味わからないって方も中にはいるのではないかという気がしなくもないですがggってください。
と思って実際にチェックしてみたら、スピッツばっか出てきて謎は解けない可能性が高いなと思いました。
楽しんでいただけたようで何よりです。ありがとうございました。
ダメだ…腹筋ャバイww
チェリーに反応くださってありがとうございます。
このネタわかりにくいかな、なんて思ってましたが
腹筋がやばくなるほど笑ってくださって嬉しいです。
コメントありがとうございました。
是非また遊びに来てくださいね。
やっぱ、ナツとルーシィのあーゆーの大好きです!
書いてくれてありがとーございました!
いらっしゃいませ。
ナツルーのファンなんですね。
あーゆーの、いいですよね。私もナツとルーシィのあーゆーのが見たいがばかりに
作品を作り続けていると言っても過言ではないと言いたいところですが、実を言うと
あーゆーのが具体的になにを指すのかは謎です。でも、私の中には明確な"あーゆーの"
が存在しておりますので、そのことだと認識して話を進めております。
まちゃっきーさんのおっしゃる"あーゆーの"とは違うかもしれません。でもいいんです。
人間同士のコミュニケーションとはそういうものです。
読んでくださってありがとうございます。
また覗きにいらしてくださいね。
ルーシィの慌てっぷりにもニヤニヤしながら拝見しておりましたが…ナツの思考回路には感服?というか、『男だからね』と納得というか…(笑)
最後の『チェリー君』の件には盛大に噴き出して、PCの画面を汚してしまいました(笑)
また、こんなギャグオチ期待しながら覗きに来ます。
勿論ピンクでも大歓迎ですがww
でわでわ(^_-)-☆ノシ
★オメガ スーパーコピー最高等級時計大量入荷!
▽◆▽世界の一流ブランド品N級の専門ショップ ★
注文特恵中-新作入荷!-価格比較.送料無料!
◆主要取扱商品 バッグ、財布、腕時計、ベルト!
◆全国送料一律無料
◆オークション、楽天オークション、売店、卸売りと小売りの第一選択のブランドの店。
■信用第一、良い品質、低価格は 私達の勝ち残りの切り札です。
◆ 当社の商品は絶対の自信が御座います。
おすすめ人気ブランド腕時計, 最高等級時計大量入荷!
◆N品質シリアル付きも有り 付属品完備!
☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
以上 宜しくお願い致します。(^0^)
広大な客を歓迎して買います!── (*^-^*)
■ホームページ上でのご注文は24時間受け付けております
ルイ ヴィトン 財布 チャック 修理 rb1 https://www.tentenok.com/product-7882.html
★最高等級時計大量入荷!▽★▽世界の一流ブランド品N級の専門ショップ ★
注文特恵中-新作入荷!-価格比較.送料無料!
★主要取扱商品 バッグ、財布、腕時計、ベルト!
★全国送料一律無料
★オークション、楽天オークション、売店、卸売りと小売りの第一選択のブランドの店。
★信用第一、良い品質、低価格は 私達の勝ち残りの切り札です。
★ 当社の商品は絶対の自信が御座います。
おすすめ人気ブランド腕時計, 最高等級時計大量入荷!
★N品質シリアル付きも有り 付属品完備!
☆★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆★☆
以上 宜しくお願い致します。(^0^)
広大な客を歓迎して買います
ウブロスーパーコピー https://www.ginza78.com/repurika-2974.html
ぜひ一度のスーパーコピーブランド品をお試しください。
驚きと満足を保証できます。
ご利用を心からお待ちしております。
営業時間: ご注文はオンラインにて年中無休24時間受付けております。
シャネル ピアス 登坂広臣 https://www.kopi66.com/product/detail-9772.html
現在世界最高級のロレックスコピー、IWC、シャネル、パネライコピー などの各種類世界トップ時計が扱います。
ブランドコピー時計の激安老舗.!アフターサービスも自ら製造したブランドコピー時計なので、技術力でお客様に安心のサポー トをご提供させて頂きます。
ウブロスーパーコピー時計卸売各種偽物ブランド:ロレックス時計,カルティエ時計,オメガ時計,ウブロ時計などの世界にプランド商品です。当店のブランドコピー 時計(N級品)は本物と同じ素材を採用しています。スーパーコピー,本物を真似た偽物.模造! https://www.tentenok.com/product-11249.html
家で待っていたのと、その日に使用予定だったのとで悲しかったです。
電話で謝罪されましたが結局次の日に。
箱を開けると謝罪の手紙や、お詫びの品もなく。
配送先のやり取りに関しては店舗側から、メールでの返信を指示してきたのでイライラして終わりました。気持ちよく商品を使い始めたかったのですが、モヤモヤが消えません。
スーパーコピー 評判 https://www.bagb78.com/goods-3994.html