スイート・ペイン・イン・チェインズ
第ニ話 変わりゆくもの、留まるもの


「ねえ、ここの景色、昔のマグノリアにちょっと似ていると思わない」
 ルーシィがやっと口にした言葉はそれだった。
 路地を抜け出してからかれこれ数十分、運河沿いの道をどこへ向かうでもなく無言で歩き続け、中心の広場が見えた辺りで、少女は少し後ろを歩くナツを振り返った。
「あ、うん、そうかもな……」
 ナツは曖昧に返事をした。さっき、同じことを思った、とは言い出せなかった。
 あたりはすっかり日が暮れ、人通りもほとんどなくなっていた。街灯がところどころに道を照らす。
「みんな、元気にしてる?」
 中央広場の噴水を囲むように備え付けられたベンチのひとつに腰を下ろしながら、ルーシィは、何のことはない素振りで聞いた。
「ああ、ハッピーもグレイもエルザも、他のみんなも元気にしてる。じっちゃんも相変わらずだ」
「……そう、それはよかった」
 ルーシィは無意識に自分の右側を空けていたが、ナツはそこではなく、ひとつ隣のベンチの右端に腰掛けた。彼女のすぐ傍らに、いま当然のように座ってはいけないような気がしたのだ。
 そんなナツの行動にルーシィはハッとして、その後きゅっと唇を結んだ。
「……」
 しばらくの間、お互い黙って同じ方向を向いたまま小さな噴水を眺めていた。
(オレはこんなところで一体なにをやってるんだ)
 とナツは思った。
 あれほど必死になって探していた少女が、いますぐ手の届く範囲にいる。
 どれだけ会いたかったか、声を聞きたかったかわからない。もし見つけたら、きっと嬉しさのあまり我を忘れて抱きしめてしまうにちがいない、力加減を間違えて壊してしまいやしないか、なんて考えていたほどだ。会えたら何を話そうとか、ルーシィがどういう反応をするだろうとか、具体的なことまでは想像していなかったが、きっとその姿を確認すれば、ただただどうしようもなく欲してしまうものだと思っていたし、彼女もまた同じようにナツを求めているはずだという確信があった。
 それなのにいざ本人を前にしてみれば、話どころかまともに目を合わすことすらできずにいる自分自身に、ナツはひどく戸惑っていた。
 質問なら山ほどあった。
 この町で何をしているのか。ギルドに入っているのか。さっきはどうして逃げようとしたのか。なぜ、マグノリアを出たのか。なぜ、誰にも連絡をよこさなかったのか。
 だが実際には何ひとつ、答えを知りたくないのだ。もっとずっと些細な、たとえば『その格好はなんだ』という質問ですら、その答えをルーシィの口から聞きたくなかった。自分の知らないルーシィを認めたくなかった。
 ぐるぐると思考が渦巻き、すべて放り出したくなったその時、ルーシィが耐えかねたように口を開いた。
「……どうして、追いかけてきたの」
 その声は少し震えていて、消え入りそうに小さかった。
 彼女もまた、ナツと同じように頭の整理がつかずに、さっきからずっと言葉を探していたのかもしれない。
 ナツは前を向いたまま膝の上でぐっと拳を握った。ごくりと唾を飲み込む。
「ずっと、おまえを……探してたからだ」
「……」
 隣りでひゅっと小さく息を吸い込むのが聞こえた。
 ようやく、伝えたいことの一部を口にすることができた、そう思ったらなんだか気持ちが抑えられなくなった。
 ナツはごちゃごちゃ考えていたことが急に馬鹿馬鹿しくなり、勢いよく体ごと右を向いてルーシィの両肩を掴むとその顔を覗きこんだ。
 驚いたように見開かれた大きな瞳は涙を湛えて揺らいでいて、そこに映るナツの姿を歪ませた。
「やっと、見つけた」
 ナツが必死で喉の奥から絞り出した声は、なんだか情けないほどひどくかすれていたが、そんなことはもうどうでもよかった。それこそ壊してしまいそうなほど強く、ナツは夢中でその胸にルーシィの小さな身体を抱きしめた。
「ルーシィ……」
 何度夢に見て、何度想像しただろう。だが、今は記憶をたどってその姿を思い描いているのではない。この滑らかな肌の感触、頭の丸み、サラサラと指の間を滑る金色の髪、あたたかく柔らかい鼓動、そして甘い香り。すべて不自然なほどリアルだ。
 自分の中のルーシィと、いま現実に存在している生身のルーシィの間にある誤差を埋めようとしているうちに、ナツは難しい計算でもしているような妙な気分になった。
「放して、ナツ」
 ルーシィが身じろぎして苦しげに訴えるまで、ナツは腕の力を緩めようとしなかった。
「ご、ごめん」
 慌てて身体を離すと、ナツがその表情を確認する前に、ルーシィは顔を伏せてしまった。
「ルーシィ?」
「……やめて、こんなこと……しないで」
 ナツは眉をひそめた。
 弱々しく吐き出されたその言葉はあまりにもとってつけたようで、本心でないことはすぐにわかった。だが、だからこそ解せない。
「……なんでだよ」
――なんで、そんなウソつくんだよ。
「いやなの。気やすく、触られたくない」
 ルーシィは俯いたまま答えた。手の甲にポツポツと水滴が落ちる。そこには未だ、妖精の尻尾のギルドマークが刻まれたままだった。
「オレでも、いやなのか」
 ぴくり、とその肩に力が入ったのを感じた。
「……あたしは……ナツのことが、怖いの」
「……」
 嗚咽のまじった声音にナツは戸惑いを隠せない。
「だから……もう、帰って」
「……そっか、わかったよ。……悪かったな」
 ナツは静かにそう告げるとルーシィの肩に置いていた手を放した。ベンチからゆっくり腰を上げ、しばらくその場で動かずにいたが、ひとつため息をつくとそのまま歩き出した。
 ルーシィは固まったまま微動だにせず下を向いている。
 だが、ナツの足音が遠のいていくのがわかると、思わず弾かれたように立ち上がった。
「待っ……」
 と、その鼻先に、ナツの顔があった。
「なんつってな」
「えっ」
「ウソつき」
 ニッと笑って、涙でぐちゃぐちゃになっているルーシィの火照った頬を両手で挟むと、ナツはおもむろに唇を重ねた。



 メイン通りの商店街から一本脇へそれたマーケットは、さすがにどの店も閉まっており路上のコンテナにはシートがかけられていた。明かりもほとんどなく、すれ違う人もいない。
「……本当にウチに来る気なの」
「当たり前だろ。ルーシィのせいでもう列車もねえし」
 最終列車を逃さずとも、できる限り乗り物を避けたいナツが、このくらいの距離を徒歩で帰宅することなどザラだったが、せっかくの口実を利用しない手はない。
 ナツはさっきまでのルーシィに対する緊張が嘘のように、すっかり自分のスタンスを取り戻していた。
 あのあと、足のもつれたルーシィを中央広場の植え込みの陰に押し倒し、その太腿に手を這わせはじめたところで『調子に乗るな』とかかと落としで一蹴されて、ナツは完璧に確信したのだ。彼女の気持ちが以前と変わっていないこと、自分への信頼が少しも薄まっていないことを。
 まるで、あの頃から止まったままだった時計のねじが巻かれ、ようやくふたりの時間が動き出したみたいだと思った。こうしてルーシィとただ並んで歩くだけのことを、ナツはずっと望んでいたのだ。
「ルーシィ」
 嬉しくなってつい名を呼んでしまう。少女が歩きながら隣りを見上げた。ただこっちを向いて欲しいだけだったが、上目遣いで不思議そうに自分を見るあどけない表情にたまらなくなり、つい肩を抱き寄せてその額に唇を押しつけた。
「な、なに、す、すんのよ」
 ルーシィはぼっと顔を真っ赤に染め、慌ててナツの顎をぐいと押しのける。ナツはその手をとってぎゅっと握ると、満足気に笑った。
 家につくまでナツは繋いだ手を放さなかった。

 ルーシィの部屋は運河沿いではなかったが、一階が小さなカフェになっている洒落たアパートだった。
「前の家よりはちょっと狭いけど、家賃も安いし、市場も近いから気に入ってるの」
 ルーシィはキッチンで湯を沸かしながらそう言った。心なしか楽しげだ。
「ルーシィの部屋、久しぶりだな」
「何言ってるのよ、初めてきたくせに」
 部屋の間取りが違っても、家具やインテリアを新調する余裕はなかったのだろう、雰囲気や匂いは以前のままだ。ナツにとってここは"ルーシィの部屋"以外の何物でもなかった。
「あんまり色々見ないで、恥ずかしいから」
「おう」
 と、良い返事を返すが、ナツは当然物色の手を止めることはない。
 もともとあったものとは別に新しい本棚を発見して、ナツは何となくそれを眺めた。この二年間で買い集めたであろう本がずらりと並んでいる。内容に興味はないものの、それらのほとんどが見たことのない背表紙ばかりで、ナツはちょっともやもやした気持ちになった。
 ふとその中に見覚えのある装丁を見つけた。
「この本……」
 ナツが手にとったのは、一冊の古い絵本だった。表紙も中の紙も日に焼けてすっかり変色してしまっている。

 これは、四年ほど前にハッピーを含めた三人で出かけたある仕事先で手に入れたものだ。
 報酬額はたったの5万J、ただしその下に"蔵書の中から大昔に絶版になった幻の一冊(10万J相当)を差し上げます"と書かれており、ルーシィのゴリ押しにより渋々請けた依頼だった。しかも、街に住み着いた盗賊団のアジトから盗まれた書物を取り戻す、という、ナツからしてみればまったく割に合わない仕事内容だ。
 無論、こっそり侵入して盗品を回収するなどというルーシィの作戦がうまくいくはずもなく、例によって盗賊団はアジトごと吹き飛び、同時に盗品のほとんどが焼失した。
 盗賊団を壊滅させた功績によりなんとか弁償は免れたが、例の幻の本というやつはナツが黒焦げにした内の一冊だったということで、当然報酬はゼロ、という散々な結果に終わった。
 いつもであればこのあと、減額された明細書の数字を確認したルーシィが、鬼の形相で今月の家賃の支払いについて大騒ぎするのをなだめるのが恒例となっているのだが、この時の彼女の落胆ぶりはいつもの比ではなかった。帰りの道中、ルーシィはフラフラと力なく歩きながら、たまに立ち止まってはがっくりと肩を落として大きなため息をついた。
 さすがにふたりとも反省の面持ちで押し黙っていたが、ふと何かを思いついたらしいナツが、ハッピーにルーシィをまかせるとだけ言い残して、突然どこかへ走り去った。
 一時間ほどして、ナツは何かを小脇に抱えて意気揚々と戻ってきた。
「ルーシィ、いいもの買ってきたぞ」
 街中を駆けまわり、閉店直前だった古書店を発見して飛び込むと、店主に掴みかかって、ナツはこう訴えたのだった。
『この店で一番古い本をよこせ』と。
 話を聞いてルーシィは思わず吹き出し、ひとりで落ち込んでいたことがなんだか急にとても小さなことのように思えて、自分が恥ずかしくなった。
「ありがとう、ナツ」
 経緯はどうあれ、ルーシィにとってその本は、ナツが自分のために選んだ初めてのプレゼントだった。

 ルーシィはティーポットを片手にキッチンから出てきたが、ナツの手の中にあるものを確認すると、焦ったように曖昧な笑顔を作った。
「あー、そ、それね、懐かしいでしょ」
「ああ……もう、捨てちまったかと思ってた」
 その言葉にルーシィはさっと顔色を変えた。
「……そんなこと、できるわけないじゃない」
 そのつぶやきはとても小さく、ナツに向けられた微笑は弱々しいものだった。
 ナツは黙って本を棚に戻し、それ以上は何も言わなかった。
 思い出は、語った時点ですべての過去を"終わったことだ"と割り切ってしまうようで、少しでも口にするのが恐ろしかったのだ。

いちご
ヤベェ。パネェ。
何この先が全く読めない、ミステリー小説は!?

気になる気になる気になるよ〜。

シリアスがもぅもぅと立ち込めてるけど…
サクッと押し倒しちゃうナツに安心しちゃう
いちごのナツルーフィルターは…
何者かの策略によって、ピンクに塗り潰されております。

そして、いちごは某海賊剣士のゾロになら斬られてもいいです…(x_x) ☆\( ̄ ̄*)バシッ
2012-12-16 23:47:56
木綿
いちごさん

感想ありがとうございます。
パネェだなんて嬉しいです。

気になってますね。気になってますね。
しめしめとしか言いようがないですが、続きうpできる余裕がまだないので
ちょっと焦りを感じている、というのが本当のところです。

二人の過去になにがあったのかは、もちろん私は作者なので知ってますけれども
マインド・リフレクトと比べても今後かなりの鬱展開が待っている予定、とだけ
言っておきたいと思います。
ちなみにいちごさんが装着しているピンクのナツルーフィルタですがね
それ、もともとピンクでしたよ。しかも不透明に近いです。

いやあ、某海賊漫画ならどう考えてもサンジくん一択です。
いちごさんはマリモ派でしたか。多いですよね、マリモ厨。
いえ別にdisってません。disってませんてば。

次回は、微妙にピンクな内容が予想されます。
お楽しみに!
2012-12-18 11:02:09
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